大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2388号 判決

控訴人兼附帯被控訴人

(第一審被告)

日本ユニカー株式会社

右代表者

小林是太

右訴訟代理人

渡辺修

外四名

被控訴人兼附帯控訴人

(第一審原告)

渡部有幸

右訴訟代理人

渡辺一成

外一名

主文

一  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

二  右部分につき被控訴人の請求を棄却する。

三  当審における請求拡張部分を含め被控訴人の附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は、「1 本件控訴を棄却する。2 (附帯控訴として、)(一) 原判決中附帯控訴人敗訴部分を取り消す。附帯被控訴人は、附帯控訴人に対し、昭和四七年一一月九日から同四八年二月二五日まで一か月金六三〇〇円の割合による金員を支払え。(二) (当審において請求を拡張し、)附帯被控訴人は、附帯控訴人に対し、昭和四八年四月一日から同年一二月三一日までは一か月金一万三二八四円、同四九年一月一日から同年三月三一日までは一か月金一万七二八四円、同年四月一日から同五〇年一月三一日までは一か月金四万〇七九五円、同年二月一日から同年三月三一日までは一か月金四万二〇九五円、同年四月一日から附帯控訴人が附帯被控訴人の従業員として復職するまでは一か月金五万三六八五円の各割合による金員を毎月二五日限り支払い、かつ金一四七万一九三七円を支払え。3 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。〈後略〉

理由

一まず、本件の解雇に関連し、その連合に関する双方の主張の当否を判断するに必要な事実関係をみる。

1  次の事実は、当事者間に争いがない。

控訴人は、ポリエチレンその他の化学製品等の製造販売を業とし、川崎市川崎区浮島町に川崎工業所を有する株式会社であり、被控訴人は、昭和四五年九月一一日控訴人に雇傭され、右川崎工業所の施設部計動課所属の従業員であつた。被控訴人は、被訴人は、昭和四七年一一月八日横浜市において米軍M四八型戦車輸送阻止の闘争に参加して逮捕され、引き続き勾留された結果、同月九日から出勤せず、昭和四八年二月七日までに暦に従うと九一日間、被控訴人の要出勤日では六〇日間出勤しない状態が続いた。控訴人の社員就業規則二三条二号には、病気以外の理由によつて欠勤が引き続き六〇日間に及んだ場合には解職すなわち解雇する旨の規定がある。控訴人は、この規定を適用し昭和四八年二月八日付で翌九日被控訴人に到達した内容証明郵便で、被控訴人を解雇する旨の意思表示をした(なお、〈証拠〉によると、控訴人は右解雇の意思表示をなすと同時に被控訴人に宛てて解雇予告手当を送付した事実が認められる)。

2  右の争いのない事実に、〈証拠〉を綜合すると次の各事実が認められる。

(一)  被控訴人は前記のとおり控訴人の川崎工場施設部計動課に配属され、そこで電気係として電気工事グループのホット・オフ・ライン及び製造三課の設計を担当する三名の中の一員として電気設計図の製図、図面の整理のほか仕様書の作成、工事費の見積などの業務についていた。

被控訴人は、前記闘争の際、道路交通法違反、往来妨害罪及び業務妨害罪の嫌疑により現行犯として逮捕されて引き続き勾留され、昭和四七年一一月三〇日往来妨害罪として勾留のまま起訴された。しかして同年一二月二八日頃勾留取消の請求をしたが同日却下され、翌四八年一月末起訴後勾留期間二か月(刑事訴訟法六〇条二項)を経過したが、特に勾留継続の必要のあるとして勾留更新され、同年二月七日に至つた。事件は、極めて組織的計画的な政治的意図に基づく集団的犯行であり、関係人の大多数は黙秘しているところから、立証に困難が予想され、又被控訴人は、事件につき積極的な役割を果したうえ、逮捕後も一貫して黙秘しており、又その活動歴などに照して罪証隠滅のおそれがあると判断されていた。そして被控訴人らの弁護士選任が著しく遅れていたが、ようやく選任され、同年二月五日頃保釈請求が出され審理の結果、同年二月九日保釈許可決定がなされた。右許可決定に対する準抗告審の決定は、同年二月一二日になされたが、その決定理由で明らかなとおり、右保釈請求の段階ではじめて弁護人の審理に臨む方針が明らかにされ、それによつて罪証湮滅のおそれが相当程度減少したと判断され、また勾留期間か、往来妨害罪の法定刑と比較すると、既に相当長期にわたつていることが考慮されて右許可決定が維持され、保釈保証金の額は、罪証湮滅のおそれも考慮して金四〇万円と定められた。そして被控訴人は同年二月二二日に右保証金を納めて釈放された。

(二)  被控訴人は右逮捕により使用者である控訴人の承認を得ないまま昭和四七年一一月九日から欠勤した。同日被控訴人の妻という者から、理由はいえないが二、三日休みたい、との連絡があり、同月一二日付で被控訴人の代理人弁護士名で、闘争に参加し不当逮捕勾留されているため、出勤の意思があるにもかかわらず出勤できない旨届出られた。しかし、何時出勤することができるのか、控訴人の担当者が警察に問い合せても、被控訴人ら被逮捕者の全員の氏名を黙秘している状況で調査が進まないまま欠勤が続いた。そのため被控訴人の担当業務が停滞することとなり、控訴人は、下請業者一名と契約して、被控訴人の担当していた製図等の業務を行わせるに至つた。

(三)  被控訴人に対する前記被告事件について、昭和五〇年一一月一七日横浜地方裁判所において、被告人を罰金四万円に処する旨の第一審判決が言渡された。

3  〈証拠〉を綜合すると、被控訴人の経歴詐称に関する控訴人主張事実(さきに引用の原判決の六枚目表四行目から同裏一〇行目の「した。」までに記載の事実)が認められ、昭和四六年及び昭和四七年の二年間の被控訴人の勤務状況が原判決の七枚目裏に記載の表のとおりであつた(同表の昭和四七年度の欠勤含日数中には前記逮捕勾留による三五日をむ。)ことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、控訴人は本件解雇をするについて、以上の事情をも考慮したことが認められる。

二右に認定の事実関係を綜合すると、控訴人が被控訴人の欠勤について就業規則二三条二号所定の解雇の要件を充たすものと判断した点において違法のかどはなく、また控訴人が以上認定の諸般の状況のもとにおいて、本件解雇にふみきつたことについては、それに相応する理由のあつたものといわなければならない。

三1  被控訴人の欠勤は病気による欠勤の場合と同視すべきであるとの主張(原判決事実摘示中の「抗弁に対する認否及び主張」の二の2の主張)について

〈証拠〉によると、控訴人会社の就業規則には、欠勤がやむをえない事由に基づく場合について次のような明確な規定が設けられており、これらの場合には欠勤として扱わず、同規則二三条二号の欠勤に該当しないとされているから、これに加えて更に病気を理由とする欠勤と同視すべでものを付け加える根拠を欠くものといわねばならず、また、前記認定のような原因による被控訴人の欠勤を病気の場合と同視するのは相当でないから、被控訴人の主張は採用し難い。

第六二条(遅刻・早退・欠勤の特例)

会社は、次の各号の一に該当する場合には、その所要時間に限り、遅刻・早退又は欠勤として取り扱わない。

1 国もしくはその他地方公共団体・公共団体の公務を執行する場合

2  官公庁から公のため命ぜられて出頭する場合。ただし、本人の不正行為に起因する場合はこの限りでない。

3  選挙権その他公民としての権利を行使する場合

4  災害その他避けることのできない事故に起因する場合

5  法令により交通を庶断された場合

6  伝染予防のため就業禁止を命ぜられた場合。

ただし、本人が伝染病にかかつた場合はこの限りでない。

7  その他前各号に準ずる程度の理由のある場合

なお、被控訴人の欠勤は、往来妨害罪等を犯したと疑うに足りる理由があるとして、逮捕勾留されたことによるのであるから、右六二条二号については、その但書に該当し、同条同号本文には該当しない。その他同条各号に該当する事由は見出しえない。

2 次に被控訴人は、就業規則二三条三号には「禁固以上の刑が確定した場合」解雇する旨の規定があり、犯罪行為の場合は刑の確定を待つて同号の適用の予定されているから前記の同条二号では、犯罪行為の場合に逮捕勾留の段階で解雇することは予定されていないと主張する。しかし、本件解雇は同条二号の長期の欠勤を理由とするもので、犯罪行為を理由とするものでないから、右の主張も採用できない。

3 原判決事実摘示中の「抗弁に対する認否及び主張」の三の1、2、3に記載の被控訴人の主張(原判決の一〇枚目表末行から一二枚目表六行目まで)はいずれも次の理由で失当と判断する。

(一) その1について

被控訴人に対する逮捕勾留については、前記一の2の(一)に認定の諸事実が認められ、被控訴人は、結局罰金ではあるが有罪の判決をうけたのであつて、右の逮捕及び勾留を違法もしくは不当とすべき理由はこれを見出だすことができない。したがつて、被控訴人の欠勤はその責に帰すべき事由によるものであることが明らかである。のみならず、本件において、被控訴人の継続九一日間(歴日計算による。)に及ぶ欠勤について、使用者たる控訴人に対し、前記就業規則二三条二号の規定にかかわらず、社会通念上これを不問に付することを期待すべき特段の事情のあることについてはこれを窺うに足るものがない。

(二)  その2について

本件解雇は、被控訴人の労務不提供(欠勤)を理由とするもので、被控訴人が控訴会社の対外的信用もしくは職場秩序に悪影響を及ぼす行為をしたことを理由とするものではない。労務の提供は労働契約関係における労働者の基本的義務であつて、長期にわたつてその義務の履行がなされないときは、使用者は、それの使用者の対外的信用もしくは職場秩序に影響を及ぼすと否とにかかわりなく、解雇しうべきである。

(三)  その3について

就業規則に定められた解雇事由が存する場合においても使用者がこれによつて解雇をするについては、その解雇事由たる事実自体のほかに諸般の事情を綜合して判断するのが当然であろう。本件においては、被控訴人の欠勤の日数、その原因を考慮しただけでも解雇は適法と考えられるが、控訴人が判断の過程において、そのほか被控訴人の経歴詐称の事実及び平素の勤怠状況などを考慮したのは当然で、これによつて解雇が違法となるいわれはない。被控訴人の平素の勤怠状況として考慮された欠勤、早退、遅刻などが被控訴人の病気によるもので、控訴人の許可をうけたものであつても同じことである。

4 被控訴人は、再抗弁として、控訴人が被控訴人の労働組合活動等を嫌悪し、そのために被控訴人を企業から排除する意図の下に、就業規則の規定を形式的に適用して、解雇の意思表示をしたもので、不当労働行為に該当し無効であると主張する。しかしながら、すでに判断したとおり、控訴人が被控訴人の労働組合活動の故にこれを企業から排除する目的で右規定を形式的に適用して本件解雇をしたものとは、とうてい認められず、又本件の全証拠を検討しても、被控訴人主張の企業内の活動がなければ、控訴人の本件解雇の意思表示をしなかつたであろうという関係を認めるに足りない。よつて右主張は採用するに由ないものである。

四以上検討したところによれば、被控訴人は、昭和四八年二月九日解雇され、控訴人の従業員としての地位を失つたものであり、被控訴人の請求する賃金等の請求権は、従業員であつた期間については欠勤により、又従業員の地位を失つてからはその効果として、発生しなかつたものと認められるので、被控訴人の請求は全て理由がないものといわねばならない。

よつて、一部結論を異にする原判決は、その部分についてこれを取り消し、被控訴人の請求はこれを棄却し、同人の附帯控訴については、理由がないのでこれを棄却すべきである。

訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条及び八九条を適用する。

(松永信和 間中彦次 浅生重機)

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